治療を選ぶということ 卵巣がん患者と医師の対話から見えてきたこと

診断時の気持ちと初回治療への思い

卵巣がん治療を経験された患者さんは、どのような思いを抱えながら病気と向き合い、どのような方法で治療を乗り越えたのでしょうか。
今回、手術および初回化学療法・初回維持療法を経験された卵巣がん患者さん2名と、婦人科医、また腫瘍内科医として、日々患者さんと向き合いながら卵巣がん診療に携わる温泉川先生にご参加いただき、診断から治療・経過観察中の現在に至るまで、患者さんと医師それぞれの思いやコミュニケーションの重要性についてお話を伺いました。

  • 佐々木香織さんの写真司会
    佐々木 香織さん
  • 患者・にゃんたさんの写真患者
    にゃんたさん
  • 患者・なおさんの写真患者
    なおさん
  • 医師・温泉川真由先生の写真医師
    温泉川 真由先生
診断時の気持ち

「今度こそまずい」
「まさか自分が」

医師の話を聞く患者のイラスト

佐々木さん(以降、司会)初めに卵巣がんと診断されたときのお気持ちをお聞かせください。

にゃんたさん卵巣がんのステージⅢCと診断されたときに「今度こそまずいな」と感じたのを覚えています。これまでにステージⅡbの左乳がんとステージⅠaの右乳がんも経験していますが、ステージⅢCというのは初めてでした。実は母も卵巣がんをステージⅢCで発症しており、そして今は亡くなっています。私はそんな母をそばで見てきましたので、診断を受けたときはその時のことが思い出され、今度は自分が母と同じ道を辿るかもしれないと恐怖を感じました。

なおさん私の場合、頻尿症状のため受診した泌尿器科で「血液検査の結果ががん患者さんで見られるような数値だ」と言われ、詳しく調べることになりました。CT検査で「ステージ程度の卵巣がんだろう」と言われていましたので、その後の確定診断のときには「やはりそうか」という感じでした。卵巣がんに罹患した友人もいるので病気のことは漠然と知っていましたし、ある程度の覚悟はしていましたが、いざ診断されると「まさか自分が…」という思いはありました。

司会病気がわかってから、最初にどのような行動をとりましたか?

にゃんたさん私は乳がんに罹患した際に、患者さん同士がつながれるコミュニティ型SNSに登録していました。そこには卵巣がんを含めた婦人科系のがん患者さんが参加していましたので、そうした方との交流の中で病気に関する情報を集めていました。また、母が治療する姿も見ていたので、薬や治療については理解が早かったと思います。

なおさんまずはインターネットで生存率など病気のことを調べようと思いました。ですが、「卵巣がん」と検索すると、病気に関する文献ばかりで実体験に基づく情報はあまり見つけられませんでした。患者さんのリアルな声を聞きたいと思っていたところ、私も患者さん同士が集うSNSに辿り着くことができ、そこで手術や薬物療法のことや入院時にあると便利なグッズなど、たくさんのことを教えていただきました。

【図】進行卵巣がん治療を歩む
患者さんの視点の記録

にゃんたさんのイラスト

にゃんたさん
場合

手術・確定診断まで

ステージⅢCと診断

  • 「今度こそまずい」と様々なことを覚悟
  • 同じくステージⅢCの卵巣がんを発症した母のことを思い出し、「同じ道を辿るかもしれない」と恐怖を感じた

初回化学療法

医療者の手厚いサポートが
治療継続の支えに

  • 「母と同じ治療を受けるのだろう」と自然と治療を受けることを決断
  • 気力で乗り越えようとするも、途中、「何が辛いかわからないけれど、辛くて悲しい」と疲れを感じることも
  • 患者支援センターに相談し、話を聞いてもらい気持ちが楽になった

初回維持療法

少しでも長く生きたいと
維持療法を決意

  • 「夫がいるからまだ死ねない」という気持ちが一番
  • 「使える薬があるなら全部使ってから考えよう」と思い治療を受ける
  • 副作用も発現したが、「出て当然だろう」とあまり考え過ぎないよう気持ちをコントロール

経過観察

再発・転移なく診断から約5年

  • 医療者の方々に献身的にサポートしてもらったという思いから治療には満足している
  • フリーランスの仕事を軌道に乗せ、自宅で働きたい、人並みの収入を得られるようになりたい、と励んでいる
なおさんのイラスト

なおさん
場合

手術・確定診断まで

ステージⅢCと診断

  • 「まさか自分が…」という思い
  • 同じ卵巣がん患者さんのリアルな声を聞きたい
  • はじめてのがん治療。経済的な負担も心配
  • 手術時に看護師からの声掛けに安心感

初回化学療法

強い思いを持って
治療に向き合う

  • 治療を受けるからには無駄にしたくない、健康を取り戻すためやれることはやりたい
  • 「腫瘍を叩き切る」をキーワードに治療に向き合う
  • 副作用も発現したが、「とにかく治療を続けたい」「多少のことなら頑張ろう」という思いがあり、医師と相談しながら乗り越えることができた
  • 看護師とのコミュニケーションが治療の励みに

初回維持療法

維持療法を完遂

  • いまできる最善な治療を最適なタイミングで受けたい、長生きしたいという気持ちが強く、セカンドオピニオンを受ける
  • 医師からの「再発させてはいけない」の言葉が力に
  • 健康寿命・再発までの期間延長に期待

経過観察

再発・転移なく診断から約5年

  • 自分の中で最善の選択ができたので治療には満足している
  • 夫と一緒に5kmを走れるように、さらに走行距離を延ばすことが今後の目標
  • 治療は先生と相談しながら今後も前向きに臨みたい

司会お二人と同じく私自身も患者さん同士の情報交換がいかに大切かをとても実感しているところです。
お話しいただいたように様々な背景や思いを持った患者さんが来院されると思いますが、温泉川先生は診断や治療の説明をどのように行っているのでしょうか。

温泉川先生当院は施設の性質上、ある程度、診断結果がわかって紹介で来られることが多く、患者さんも「がん研」という病院名からがんであることを察しながら来院されます。そのため、一般的な病院とは患者さんへの説明の仕方や内容がやや異なることはご理解いただければと思います。
卵巣がんの確定診断は、手術で取った組織の病理検査によって行われます。ですので、確定診断がつくまでは臨床診断と言って、画像検査、細胞の検査(細胞診検査)、腫瘍マーカー検査(CA125など)、大腸・胃内視鏡検査による除外診断の結果から“卵巣がんの見込み”を推定し、その情報をもとに患者さんへの説明を行っていきます。

初回治療への思い

「自分の健康を取り戻すために
やれることはやろう」

司会初回化学療法は主治医の先生とどのように決めていきましたか。

にゃんたさん先生が提示してくださった治療法が標準治療であることは知っていましたし、母と同じ治療を受けるのだろうと思っていたので、自然と受けようという決断に至りました。

なおさん当時は先生に言われるがままだったので、素直に提案を受け入れたという感じです。

司会薬物療法を開始する際に、主治医の先生から治療の目的や目標に関するお話はありましたか。

にゃんたさん具体的なお話はありませんでしたが、説明内容から再発させないこと、生存期間を延ばすことが目的だという印象を受けました。完治という言葉を使わないのは、それほど状況が厳しいということなのだろうと思いました。個人的には「寝たきりにならない」という目標を立てて、体力・筋力をつけるために毎日の運動を心がけました。

医師と話す患者のイラスト

なおさん私は術前薬物療法として化学療法を4回受けましたが、この時は医師から「とにかく腫瘍を叩き切りましょう」と言われました。治療を受けるからには無駄にしたくない、自分の健康を取り戻すためにやれることはやろうと思い、「叩き切る」をキーワードに治療と向き合いました。
また、セカンドオピニオンを受けた際、医師から「卵巣がんは再発しやすい病気だけれど、再発させてはいけないんだよ」という言葉をかけてもらいました。その言葉が強く心に残り、再発させないために治療を頑張ろうと思うようになりました。

司会医師から患者さんへの治療内容の説明や目標設定をすることは治療を継続する上でとても大切な要素だと思いますが、医師によって対応は様々なのだなと感じました。温泉川先生は実際にどのようなお考えを持ちながら患者さんへの説明を行っていますか。

温泉川先生卵巣がんの場合、腫瘍のタイプによっては初回の化学療法の効きが良く、一旦治療が完結される方もいらっしゃいます。その一方で進行した方では約70%が3年以内に再発すると言われているため*1、楽観的過ぎる言葉は避けるようにしています。
例えば術前薬物療法であれば「いかに最初の手術で腫瘍を取りきるかがその後の経過や予後に影響するので、まずは抗がん剤を使用して手術で取りきれる大きさにしていきましょう」と、治療の目的や理由についてお伝えしています。
また、化学療法で見込まれる効果については「奏効割合」という指標を用いて「何人中何人はがんが小さくなります」という説明をしています。他にも効果を表す指標がいくつかありますが、これが一番わかりやすいのではないかと思います。

司会私は直腸がんの再発を経験していますが、再発の診断は確定診断時よりもショックが大きく、治療へのモチベーションも下がりやすいと感じます。再発後の治療説明での工夫などはありますか。

温泉川先生卵巣がんの場合、初回治療から再発までの期間の長さによってその後の経過が異なります。治療の主目的が生存期間の延長や症状緩和であることを明確にお伝えすることを基本としつつ、患者さんの状況に応じて説明内容やかける言葉を変えています。
また、再発後に限りませんが、患者さんの性格や考え方などを考慮しながら、事実を伝えることとポジティブな声かけとのバランスを取るように心がけています。

*1 Ledermann JA. et al. Ann Oncol. 2013; 24(Suppl 6): vi24-32.

  • 転移

    がん細胞が最初に発生した場所(原発巣:げんぱつそう)から、血管やリンパ管に入り込み、血液やリンパ液の流れに乗って別の臓器や器官に移動し、そこで増えることをいいます。

  • 局所再発

    最初のがんと同じ場所、あるいはごく近くにがんが再発することをいいます。

  • ステージ

    がんの大きさや周囲への広がり方で、がんの進行の程度を判定するための基準のことをいいます。

  • 化学療法/抗がん剤治療

    細胞の分裂機構に作用して細胞の増殖を抑える薬(抗がん剤)を使った治療法のことをいいます。抗がん剤は、作用の仕方によってさまざまな種類があり、単独、または複数の薬を組み合わせて用います。

  • 維持療法

    卵巣がんが再発したり、大きくなったりするのを防ぐために、手術や抗がん剤の後に行う治療です。検査でがんが見つからない状態になっているか、がんが残っていても抗がん剤が効いて縮小している場合に行われます。

  • 再発

    手術や薬物療法、放射線治療などの治療により、検査でがんがなくなったことを確認した後、再びがんが現れることをいいます。

  • 異形成

    細胞を顕微鏡などで観察して判断する際の病理学の用語です。細胞が「現状ではがんとは言えないががんに進行する確率が高い状態(前がん病変)」や「悪性・良性の境界にある状態(境界悪性)」であることを指します。病変の程度により、軽度異形成、中等度異形成、高度異形成に分類されます。

  • CT検査

    さまざまな方向からX線をあて、身体の断面を画像化する検査のことをいいます。X線(レントゲン)検査より詳しくがんの有無や広がり、他の臓器への転移を調べることができます。

  • 生存率

    診断から一定期間後に生存している確率のことをいいます。5年生存率とは、がんと診断された患者さんのうち、診断から5年後に生存が確認できた割合を意味します。

  • 病理検査

    身体の一部分から採取した細胞や、病変の一部を薄く切り出した組織を顕微鏡で観察することにより、がんかどうか、どのような種類のがんかなど、細胞や組織の性質を詳しく調べる検査のことをいいます。

  • 細胞診検査

    患者さんから得られた細胞を顕微鏡を使って観察し、良性/悪性の判定をおこなう検査のことをいいます。

  • 腫瘍マーカー

    がんの種類によって特徴的に作られるタンパク質などの物質のことをいいます。腫瘍マーカー検査は、がんの診断の補助に加えて、治療の効果、再発や転移がないかを調べるためにおこなわれます。

  • 標準治療

    科学的根拠(エビデンス:あるテーマに関する試験や調査などの研究結果から導かれた、科学的な裏付け)に基づいた観点で、現在利用できる「最良の治療」であることが示され、多くの患者さんにおこなわれることが推奨される治療のことをいいます。

  • 術前薬物療法

    薬で腫瘍を小さくして手術しやすくする、薬の治療効果をあらかじめ確認するなどの目的で、手術前に薬物療法をおこなうことをいいます。

  • セカンドオピニオン

    主治医以外の医師による「第2の見解」のことをいいます。患者さんが治療を選択する上で、悩んだり判断に困ったりしたときなど、さらに多くの情報を必要とする場合に求めることがすすめられています。

  • 予後

    病気や治療などの医学的な経過についての見通しのことをいいます。

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